今ならわかる。あの日のヤツが伝えたかったことを…
気胸物語
〜その後〜
2000年5月30日。もうあの日から一年が経つ。短かったと言えば短かったが、あまりにも多くのことがありすぎた一年だった。だからあの日が遥か昔の出来事のように思えてしまっても、なんら不思議はなかった。いや、むしろそのほうが違和感は少ない。今となってはあの日の俺が確かに存在していたことのほうが、俺にとっては不思議だった。なぜなら、今の俺にはあの日の俺の構成要因が、全くと言っていいほどなくなったからだ。
彼女とは去年の8月に別れた。原因は詳述しないが、あえていうならば、互いの均衡が崩れてしまったこと。俺がふられた。その時は辛かったが、代わりに得たものもあった。
気胸はあの日以来再発していない。最近やっとヤツが俺に伝えたかったことがわかってきた気がする。そして俺は知らぬ間にそれに対処している。ヤツが俺に伝えたかったこと、それは俺の心の弱さ。気胸などにびくびくし、無気力になり、己の信念を忘れたその心。それをヤツは伝えたかったのかもしれない。皮肉にもそれは逆効果になり、俺はどんどん堕ちていった。結果として大切な人を失うことによって、それを取り戻したのであるが。
今も俺の心は弱い。しかし気力は十分にある。将来もしまたヤツが襲ってきたとしても、立ち向かうことができるだろう。俺にとって気胸とは、得難い経験をさせてくれ、同時に、今の俺が俺であるための礎を築いてくれた、恩師である。
2000年5月28日。俺はある人の演劇を観に行った。あの日果たせなかった夢を、叶えるために。
ー終ー