決着のときが、ついに来た。俺はヤツを封印する……
気胸物語III
〜封印編〜
前回の再発からわずか2ヶ月後の1月19日、ごく普通の生活をしていた俺は、またあの独特の痛みを肩に感じた。「くっ!?ま、またかっ!?」 俺はすかさずできるだけ安静にし、その日は寝ることにした。再発するかしないかギリギリの、かなりヤバイ状態だ。
次の日、俺はN病院に診察してもらいに行った。前回のM病院はどこか信用がおけなかったからだ。
レントゲンを見ながら紫の唇の医者はこう言った。「ほんの少しですがしぼんでますねー。」 ガーーーン…… やはり再発か…
実は、俺は明日から高校の修学旅行があったのだ…
「うーーん、まぁでもこの程度なら安静にしておけば大丈夫でしょう。修学旅行も行けるんじゃないですか?」 …行けるんじゃないですか?…っておい、疑問形かよっ!などと思いつつ、俺は明日の修学旅行の準備をするのだった。
1月21日、関西空港。俺は一応集合場所に集まった。行くだけ行って、その場で旅行に参加するか決めようとしていたのだ。行き先は沖縄。日本人なら誰でも一度は行ってみたい島である。どこまでも続く澄みきった海、さとうきび畑、シーサー、安室奈美恵… ああメンソーレ沖縄…
が、やはり苦しい。昨日より少しひどくなっている。やっぱり行かんとこうかな…あー、でも…などと決めあぐめているうちに、その場の雰囲気に呑まれ、結局行くことになった。
初めての飛行機。これはかなり感動ものだった。あいにく曇り空で地上の景色は見られなかったが、雲の上はまるでどこまでも続く白い大陸のようだった。飛行機が気圧の関係で肺に悪いなどとはつゆ知らず、俺は雲の王国に魅入っていた…
沖縄到着。俺はすっかりぐったりしていた。息苦しい…またひどくなってる… 俺は宿泊所に着くと、さっさとベッドで寝てしまった。
結局、今回の修学旅行は最悪だった。サイクリングもできず、グラスボート(船の下がガラスになっていて、海底が見れる)も乗れず、ただ宿泊所でうなっているだけだった…
沖縄から帰った翌日1月25日、完璧に再発した。N病院に入院したかったが満室のため断られ、結局今回もM病院に入院した。
俺はまず管入れに臨んだ。「痛くないようにしてください。」そう言うとI先生は、「しゃあないなぁ、じゃあ麻酔もう一本増やすか。」と言った。
麻酔一本で何が変わるんだ…そう思いながら管を入れられたが…痛くないっ!?痛くないぞっ!?I先生は全身全霊の力をこめて、たしかに俺の胸に管を差し込んでいる。がしかし痛くない… そ、そんな…麻酔一本でこうまで変わるとは…ってゆーかこれまであんな痛い目したのってなんだったんだ?ひょっとして標準の麻酔の量間違ってたとか!?ま、まさかね…ハハ…
全く何事もなく管入れは完了した。しかし、俺には問題が残されていた。
「こう短期間に再発するとなると、手術しかありませんね。」主治医のI先生はそう言った。できれば避けたかった手術だが、しょうがあるまい。何度も管入れをするくらいなら、手術して永遠にヤツを封印しよう。永遠に…
手術は内視鏡を使って行うことにした。3つ穴を開けて、カメラの付いたハサミやライトのついた管を挿入し、『ブラ』と呼ばれる、薄くなっていて破れやすい肺胞(肺胞の集まりから少し飛び出ている)を切り、そこをホッチキスのようなものでくっつけるというものだ。つまり、俺はサイボーグになるわけだ。
手術日は2月1日に決まった。手術前日、俺はとてつもなく辛かった。この日はあの超大作RPG『F○Z』が発売される日だったのだ!
手術当日はもっと辛かった。全国民が超大作RPGを楽しんでるのに、なんで俺は「手術後排便が大変だから」と浣腸を手渡されなければならないんだっ!!
苦汁を味わいながら俺はすべての準備を済ませた。ベッドで手術室へ運ばれる。天井からぶら下がっている手術用の丸いライトをぼんやり見ていると、マスクのようなものを口につけられた。途端に俺の意識は遠のいていった…
どれくらい時間が経ったのだろう… 俺は目を覚ました。が、はっきりした意識はない。ぼんやりと周りが見えるだけ。沢山の看護婦や医師がいる。手術は終わったのか?ということは、俺は既にサイボーグ化しているのか…
動こうとしたが動けない。まだ麻酔が効いているのだろう。俺はICU(集中治療室)に移された。手術後の患者はここへ移されるのだ。とりあえず今日はここで安静にしていよう。
次の日、俺は退屈でしかたなかった。ベッドから1歩も動けないのだ。動けば脇の下5センチの所につけられた管のあたりが激しく痛む。いつまでじっとしていればいいんだ?
夜、少し痛みのひいた俺は、看護婦さんに手伝ってもらい、トイレに行くことにした。とりあえず自力でベッドから起きあがってみる。その時、わきの下に激しい痛みが!!「ぐっ…!!」俺は思わず呻いた。「大丈夫!?」看護婦さんが心配し、俺の肩を持って支えてくれた。それだけならよかった。が、看護婦さんは俺が一人で起きあがるのは無理と察したらしく、俺を起こしてくれたのだ。その瞬間わきの下に凄まじい電撃が走った!!俺は絶叫した…
「あーー、それはね、わきの下には6大神経のうちのひとつがあってね。たぶん管がそこに当たったんだよ。」 次の日の朝、主治医の先輩のS先生は事も無げにそう答えた。そんな… そんなんでええんか…?あれは今まで俺が経験した中で最強の痛みだった。一瞬だったが、管入れの痛みの比ではなかった。それをこうまであっさり返答され、俺はこの先の入院生活を案じずにはいられなかった…
それから1週間後、俺は退院することになった。入院生活は熾烈を極めた。 こんなことがあった。その日俺は朝から憂鬱だった。朝食に食パンが3枚もでたからだ。俺は小食なのでそんなに食べられない。なんとか2枚は食べた。残り1枚は残そうと思ったその時、ヘルパーさんのボスがやってきた。ボスは俺の体重の3倍はありそうなかなりの巨体だ。「りゅうりゅう君!パンがのこってるやんか!!全部食べなあかんよ!!」ボスはそう言うや否や、パンをわしづかみにし、イチゴジャムを塗りたくった!!ジャムがシーツに落ちたがそんなのお構いなしだ!!ボスはそれを半分に折り、ぎゅっぎゅっとした後、「はい。」と、俺に差し出した。これを食えというのか……?ボスは無言でうなづいている。俺は泣きながらボスのでかい指の型がくっきりついたパンにかぶりついた。ボスの手のぬくもりがほのかに感じられた……
一番辛かったのはあのわきの下の痛みだったが、二番目に辛かったのは間違いなくあのパンだろう…
だが、これで俺はヤツ(気胸)を封印した。生身の人間でなくなるという代償は痛かったが、仕方あるまい。もうヤツが再び俺を襲うことはないだろう。永遠に……
――But, Nothing Lasts Forever...――